はじめに
こんにちは、アプトポッドでハードウェア/OT 製品開発グループ*1のマネージャーをしているおおひらです。
昨今の半導体不足の状況、「部品が買えない」という阿鼻叫喚の声がそこかしこから聞こえておりハードウェア製品に携わるみなさまにおかれましては眠れぬ夜を過ごしていることと思います。
弊社もご多分に漏れず、この4月に量産を開始したNVIDIA Jetsonプラットフォームを採用した組込みコンピューター製品 EDGEPLANT T1 の部品調達に四苦八苦しております。
prtimes.jp
以前の記事(EDGEPLANT T1 リリースまでの軌跡 - aptpod Tech Blog)では設計者視点で商品化の流れを紹介させていただきましたが、今回の記事ではその裏側にある部品調達の現場を知っていただいたうえで、中国のB2B ECサイトのAlibaba.comで半導体部品を購入する新しい試みについてお伝えしたいと思います*2。
半導体不足、実際のところ現場はどうなの?
何も知らない一般の皆さんに解説すると、半導体部品が徐々に購入できなくなっています。世界中のいろいろな会社で部品の取り合いをしています。値段も上がっています。部品がないと製品が作れません。地獄です。
— なるみCYO (@queenmk) 2021年5月13日
紛うことなき地獄。2011年のタイ水害や2018年の積層セラミックコンデンサ供給不足など、過去にも部品調達の問題はありましたが、いまこの瞬間が最大の危機だと感じます。
(いま振返ると)昨年から徐々に兆候はあったのですが、時系列で弊社の状況を記載すると以下のとおりです。
2020年夏頃
- 新型コロナウイルスの影響で海外の半導体メーカー各社に出勤制限が生じ、工場の操業を制限しているため納期が伸びるという情報を複数の代理店様から頂く
- この時点では「まぁそうだよね、しょうがないよね」ということで3ヶ月ほど先の試作部品発注を実施
- Digi-KeyやMouserなどの主要部品ECサイトの在庫状況は正常
2020年秋~年末
- 旭化成エレクトロニクス(AKM)の工場火災が発生したこともあり、水晶発振器等のアナログ部品について在庫状況を注視
- EDGEPLANT T1の重要部品であるGNSS受信モジュールについてAKMの件の影響を受けそうな兆候が見られたため先行して部品購入を実施しようとしたところ主要な部品ECサイトで在庫切れの状況を知る
- 慌てて代理店様に問合せるも「AKM火災の直接の影響ではなく、電子部品全般のリードタイムが伸びているためにGNSS受信モジュールも納期が28週(7ヶ月)以上になる」との報告をいただく*3
2021年1月
- 4月のEDGEPLANT T1の1st Lot 量産に向けた電気・半導体部品の購買を実施
- この時点では品目として9割ほどの部品が問題無く確保できたが、一部の車載や産業グレード部品が主要ECサイト(Digi-Key, Mouser)で確保できず、他のECサイト(chip1stop, RSコンポーネンツ, TTI, LCSC, element14, Arrow Electoronics, onlinecomponents etc.)で確保することがあった*4
- この頃から車載グレードの半導体部品の調達問題でOEM各社の減産報道がでてくる*5
2021年2月
- 半導体の供給状況逼迫の根本原因として台湾TSMCの製造ラインの逼迫が報道される
- アメリカ中西部の寒波の影響でTexas InsturumentsやInfineonが現地の半導体工場の操業を停止*6
2021年3月
- EDGEPLANT T1の2nd Lot以降の部品調達状況(特に代理店様から購入させていただいているキーコンポーネント)を確認するも既に遅しで、民生グレード部品であっても納期が28週以上に伸びている部品が発生していたためすぐに2021年の購買予定情報をまとめて開示したうえで発注書を出す
- とにかく発注しないと部品確保が進まない
- しかしそれでも納期保証はできない、という悲しい条件付き
- (幸いながら弊社の製品では採用していなかったものの)特定の車載グレードの半導体部品では1年以上の納期になるものが出てくる
- なんか分からんが鋼板や樹脂の価格も高騰しているらしいぞ?との噂
2021年4月以降
- 特定メーカーのMCUなどで民生グレードの半導体部品でも納期1年以上の製品がでてくる
- 大口顧客のまとめ買いの影響なのか半導体以外の受動部品やコネクタ製品でも主要ECサイトで在庫切れが多発
- ECサイトでついさっきまで在庫があった部品がなくなったり(実体験)、「今すぐ来年までの購入予定を共有しなければ売れない」などというメーカーが現れたり(噂)。修羅の国かここは
さて、このような危機的状況にあっては一定のリスクを許容した上で正規代理店以外のルートで部品を購入することも検討せざるを得ません。
一般的に大手メーカーであれば電気・半導体部品の購買に関しては正規代理店を前提とした上で、一定の審査*7を経て認定したパートナーから部品を調達することになると思いますので本稿のような試みは不可能と思います。あくまで我々のような小さなチーム*8が生き延びる術だと思って以降の文章をお読みいただければ幸いです。
Alibaba.com とは
Alibaba.comは中国の阿里巴巴集団:アリババグループが運営している海外向けのB2B ECサイトです。中国ローカルの工場や卸、部品メーカーなどが売り手として登録しており、ここにバイヤーとして登録することで電気・半導体・機構部品や各種完成品、OEM製品などの購買が可能です。同じくアリババグループが運営する淘宝:タオバオやAliExpressはB2CのECプラットフォームとして日本でも認知度が高まっていますね。
では早速Alibaba.comで半導体部品を購入してみましょう。
購買の事前準備
アカウントを作成します。プロフィールは名刺代わりですので会社の住所や連絡先、興味のある技術分野などを記入しておきましょう。
検索
購入したい半導体部品の型番を調べてみましょう。昨今納期が45週と恐ろしいことになっているSTMicroElectronics社のマイコンなんてどうでしょうか。
試しにSTM32F401RET6を検索してみましょう。
たくさん出てきましたね。なお検索する際には私は必ず左側タブのチェックをつけています。
- Trade Assurance
- Verified Supplier
Trade Assuranceは納期や品質に契約違反があった場合にアリババが100%の返金保証をするサービスの対象になるサプライヤであることを示します。
Verified Supplierはサプライヤの供給能力や製品品質、コンプライアンス認証などについてAlibaba.comが規定する監査に合格していることを示します。SGSやTUVなどの代表的な第三者機関の監査を受けており、一定の品質判断の目安になります。 fuwu.alibaba.com
サプライヤとの交渉
問合せ
さて、ここで検索して一番トップにでてきた Shenzhen Jeking Electronic Corp. に注目しましょう。
- レビューの数と評価
- サイト登録からの期間(6年)
- 問合せ後の返信待ち時間が平均4時間以下
- Googleで検索するとコーポレートサイトがしっかり出てくる
ということで好感が持てます。
早速この画面の右側にある Contact Supplier を押して見積依頼の問合せをしてみましょう。品名や所要数、備考を記載するフォームが現れますので記載して送信します。
フォームの下側にある下記の項目にもチェックをいれて送信します。24時間以内に返信が無い場合は自動的にRFQを提出して広く他のサプライヤに見積依頼を行うことができます。
- Recommend matching suppliers if this supplier doesn't contact me on Message Center within 24 hours.
- Agree to share Business Card with supplier.
なおこのRFQ機能は相見積取得ができる強力な機能であり、一度提出すると多数のサプライヤから見積回答のメッセージが殺到することもあります。 複数のサプライヤとのやりとりを通じて市場流通価格の適正値や業者の対応速度感などの重要な情報が得られることもありますので活用してみてください*9。
メッセージのやりとり(購入意思決定まで)
さてサプライヤに問合せをした後は回答を待ちます。Alibabaプラットフォーム上のメッセージ機能で回答が届きます。早い場合は数分、遅くても半日程度で見積回答が届くことが多いです。 1日以上待つことも稀にありますが、その場合は先に紹介したRFQ依頼を出しておくことで他のサプライヤからの見積回答メッセージが届くと思います。
※ ここからは(冷やかしでSTM32F401RET6を買うふりをするわけにいかないので) 私が以前購入した他のSTM32マイコンの購買やりとりを参考として記載します
このときは問合せから10分ぐらいの爆速回答。しかし$4.452と高いですね…平常時の価格の2割増しぐらいか?
100個じゃなくて400個買うのでもう少し安くしてよ、という交渉で$4.19/個に。念のため保存状態やパッケージ形態を聞きます。
そして「市場価格が不安定なので今日決済してほしい」という圧をかけてくる。商売人ですね。市況が市況だけにしょうがない。
実は私はこの裏で他の3,4社のサプライヤと同時にメッセージのやりとりをしており、最も低価格かつメッセージレスポンスが良好だったのがこちらの卸だったので購入を決定しました。
メッセージのやりとり(購入意思決定のあと)
購入することが決定したら輸送や支払いに関するやりとりを行います。
メッセージ画面の左下にある "Start Order" ボタンを押すと画面右側にオーダー情報の入力フォームが現れますが、基本的には先方にお任せしたほうがスムーズですので「Please draft order for me」と伝えてフォームを用意してもらいましょう。下記のように順次サプライヤから質問されると思いますので、希望する条件を伝えていきます。
- 輸送規則 (工場渡(EXW)、本船渡(FOB)などの指定)
- 輸送業者の指定やアカウント共有 (FedExやDHLのビジネスアカウントがあると関税の支払い等がスムーズに行える)
- 荷受人住所 (メッセージ画面左下の "Logistics Inquiry"から事前にプロフィールで登録しているビジネス用の住所を一発共有できるので便利)
- 決済情報 (電信送金(T/T)は時間もかかるため、Alibaba.comプラットフォーム上でのクレジットカードまたはPayPal決済をすることが多い)
輸送規則については関税関連の手続きの手間を減らすためにDAP(仕向地持ち込み渡・関税込み条件)が可能か聞くことが多いのですが、サプライヤによりけりという感じです。
決済に関してはAlibaba.comのサイトでも注意喚起がされていますが、必ずTrade Assuranceの保護プラグラムの適用対象になるようにAlibaba.comのプラットフォーム上で追跡できる形で決済しましょう。一部の悪質な業者はログが残らないように他のメッセージアプリを指定してきたり直接送金の決済方法を指定してくることがあります。
サプライヤ側からAlibaba.comの決済URLが共有され、支払いできれば購入完了です。あとは荷物の発送と着荷を待つのみ。 Proforma Invoice (PI) がメッセージ上で共有されると思いますので、念のため住所等に間違いがないか目を通しておきましょう。
着荷~検品~レビュー
Alibaba.comのオーダー情報で荷物の追跡状況が可視化されます。 これまで私が対応してきたサプライヤは概ね3日~1週間程度で届くことが多かったです。土曜日に発送しようとしてくれて「ごめん今日FedEx休みだったわ」とか言ってきたり、深センの人たちは仕事熱心ですね😊
着荷したら部品の品質チェックを行いましょう。外観検査(レーザー刻印、ピンの酸化、傷、曲がり)をした上で、実際の基板に実装して機能確認まで実施します。 外観検査を兼ねて長期保存のためのテーピングや防湿梱包をしてくれる業者さんにご協力いただくこともあります。
さて、検品が完了して品質に問題が無ければ受取り確認とサプライヤのレビューを行います。もしこの段階で製品品質が契約条件と異なれば返金申請が可能です。たまに100個注文して98個しか入っていなかったりしますので要注意。満足いく製品が購入ができればレビューコメントでお礼の気持ちを伝えておきましょう。
関税と輸送費の支払い
部品の着荷から若干遅れて輸送業者から関税と輸送費の請求書が届きます。関税については購入した品目の価格に依存し、輸送費はサプライヤと合意した契約条件に依存しますので内容を確認して支払いをしましょう。
Tipsなど
半導体の品名についている20+や08+ってなに?
D/C = Date Code ということで製造年を意味しています。20+ならば2020年製、08+なら2008年製。
"Original" って謳っているのはどういうこと?
そもそもオリジナル以外の半導体部品があるんかい、という話なんですが、日本国内の状況と違ってわりとカジュアルに"リサイクル品(Recycle)"や"工場仕掛かり在庫品(Factory Inventory)"の提案をされることがあります。
リサイクル品はその名のとおり既製品の廃棄基板などから引っ剥がした再生品ICのことです。価格面ではかなり安価です。気になる場合はまず少量買って検品してみましょう。
工場仕掛かり在庫は防湿梱包を開けてリール巻直しなどをして、製造用の仕掛かりとして工場に保管されていた在庫品を販売しているものです。こちらもオリジナル品より安価なことが多いです。
品質面の不安はないの?
あります。毎度のことですが下記のようなメッセージのやりとりをしています。
- 保存状態は良好か?湿気とか大丈夫?ピン酸化してない?
- 多少価格が高くなってもいいので、Factory InventoryではなくてOriginal Stockが良いのだけどあるかな?
なお弊社では現時点においてはまだAlibaba.comで購入した部品の量産品への適用はしておりません。 今後、自社製品の性質を考慮して適切なタイミングで採用することを想定しています。
半導体部品の偽物の不安はないの?
あります。こればかりは完全な解決策はないと思うのですが私が気をつけているのは以下のことです。 全てを満たすことは難しく、いずれかを妥協することはあると思います。あくまで目安としていただければと思います。
- Trade Assurance と Verified Supplier のお墨付きを得ているサプライヤを選ぶ
- Alibaba.comへの登録がごく近年だったり、レビューの数やスターの数が少なかったり低かったりするサプライヤを避ける
- RFQによる相見積機能を活用して市場の適正価格を把握し、異常に安い価格や異常に高い価格を提示してくるサプライヤを避ける
- 企業名でGoogle/Baidu検索したり、Linkedinで検索したりして、企業情報を公開しているサプライヤを選ぶ
- メッセージのやりとりの雰囲気や質問への回答の正確さ(真摯に答えてくれるか?)を見定める
Invoiceへの価格記載は正しくしよう
サプライヤによってはInvoiceに記載する製品価格を実際よりも低くするか聞いてくることがあります。これは製品価格を低く改ざんして関税を過少申告する行為にあたり関税法による罰則が科せられます。必ず正しい価格を記載してもらうようにしましょう。
サプライヤとのやりとりは丁寧に、礼節を大事にしよう
RFQで相見積をとる際にお断りするサプライヤも多くでてくると思います。「申し訳ないけど今回は先に連絡をくれたところから買うね。また機会があればよろしく」ぐらいは声かけしましょう。(とはいえ毎日のように「Hi, なんか注文ない?」と聞いてくるサプライヤは適切にスルーしましょう)
即断即決しよう
一番嫌がられるのは時間の浪費。聞けることを聞いたらあとは悩んでも仕方がない。即断即決で購入しましょう。
モバイルアプリを活用しよう
Alibaba.comの特性上、複数のサプライヤとのメッセージのやりとりが大変多く発生します。営業熱心な深センの卸のみなさまは昼夜問わず土日にもメッセージをしてくることも多いのでサクッと返信できるようにiOS/Androidのモバイルアプリを入れて対応すると捗ります。
おわりに
本記事では昨今の電気・半導体部品の調達難の状況と、それでもなんとかして部品を入手するためにAlibaba.comで中国のサプライヤから購入をする流れを説明させていただきました。
部品の調達状況については「少なくとも2021年中は改善しない」とか「更に悪くなるリスクもある」などという声もありますが、なんとか知恵を絞って状況を打破していきたいと思っています*10。
ハードウェア製品を設計・製造している全ての事業者の方々、大変な状況だと思いますがなんとか頑張っていきましょう!
*1:OT : Operational Technology の略。ハードウェアおよび組込みソフトの製品開発をミッションとするグループ
*2:当然のことながらメーカーの正規代理店を介した購買ではありませんので、保証やサポートは無いことをご承知おきください
*3:この時点で情報収集を強力に行って想像力を働かせ、他の半導体部品についても状況精査をしておくべきでした。GNSS受信モジュールの確保に気を取られすぎたことが反省点です
*4:車載グレード、かつ新しめの部品については1品目だけどうしても調達できない部品があったため、チームメンバーにお願いして設計変更の対応をしてもらいました
*5:私の頭の中では民生グレードの部品はまだ大丈夫だろう、という謎の希望的観測がありました
*6:同時に中西部にあるDigi-KeyやMouserの倉庫の稼働停止によるロジスティクスの問題が発生して対応に追われたこともあり根本的な半導体部品供給状況に目を向けることができなかったことも反省点です
*8:ちなみに弊社のHW関連社員は私を入れて4人。この6月から待望の資材調達スタッフの方に来ていただけることになっています😭
*9:購入先のサプライヤが決定したらすぐにRFQを取り下げないと永遠にメッセージが来るので注意。マイページのRFQ管理画面から設定ができます
*10:私はここ数ヶ月で輸出入関連の知識が足りないと痛感したこともあり、今年の試験で通関士の資格をとるべく勉強中だったりします